腰痛予防についてエビデンスをふまえた当院の見解
まずはエビデンスといっても様々なグレードがあります。下の図が比較的イメージしやすいので載せておきます。このページの最下部にはより細かく12区分に分けてレベルが表示してあります。
よくテレビコマーシャルで個人の体験として「楽になりました」なんて宣伝しているものはレベルが12ということになります。医師の知識や経験というものも、レベル10とエビデンスレベルとしては低い方だということです。(各引用のソースがないものは、リンク切れになっており削除してあります。ご了承ください。)
予防の前に先ず腰痛は再発率が非常に高いものと考えてください
2つのシステマティック・レビューを見る限り、腰痛回復6割~7割の方が1年以内に再発することが判明している
「また再発しちゃいました…」と後悔することなかれ。殆どの方が1年以内に再発します。
36研究をレビューした結果
腰痛既往歴のない患者の22%
腰痛既往歴のある患者の56%が1年以内に腰痛が再発し全腰痛患者の再発率は60%
(Hestbaek L. et al, Eur Spine J, 2003)
この研究によると、腰痛を繰り返している方の方が、1年以内の腰痛再発率は高いようです。
2003年の腰痛の再発率に関するエビデンス、15研究をレビューした結果
痛みと活動障害は1ケ月で改善して82%が職場復帰を果たすものの、
1年以内に73%が再発
(Pengel LH. et al, BMJ, 2003)
逆説的に言うと、1年以内に大なり小なりの腰痛が再発することは珍しくなく、そんなにガッカリすることでも無いということです。
完全な腰痛予防というのは2016年現在ないのですが、いろいろな事を組み合わせて各個人が取り組むことが大切です。これから述べていくことは統計的な事実ですが、納得のいかないことも多いと思います。
個々の臨床では折衷案をとり、結果的に腰痛が再発しない生活を構築できればいいのではないかと考えています。
いろいろな国が膨大な医療費を負担している腰痛。少し視点を切り替えて腰痛予防を行っていく必要があるようです。
腰への負担が腰痛を引き起こすという固定観念観念を捨てましょう
半世紀以上にわたる腰痛予防戦略は完全な失敗に終わった。なのに未だに腰への負担を減らせば腰痛を予防できると考えている。以下にHadler NMの根拠に基づく論説を書いていきます。
人工工学的には考えない
腰痛予防としての人間工学的アプローチは失敗。職場から生体力学的な負荷を除去しようとしてきたが、職場での腰痛発症および腰痛による労災補償に対して何の成果も上がっていない。
あくまでも統計的にはということですが、現に腰痛持ちの方は人工工学的に腰に負担の少ない生活をいろいろ試しているとおもいますが、変化がない方も多いと思います。
運送業者など荷役作業者はどうすれば良いのか?
荷役作業従事者の腰痛予防をテーマにしたランダム化比較試験とコホート研究を分析した体系的レビューによると、重量物の持ち上げ方に関するアドバイスやサポートベルトに腰痛予防効果はなく腰痛による活動障害も欠勤も減少せずと結論。
ご覧の通り体系的なレビューによる結果です。腰痛予防に関しても、これ以上質の高い研究はありませんから、非常に信頼性の高い研究だということです。
農家の方へのコホート研究(エビデンスレベル4)
農家の方へのコホート研究(エビデンスレベル4)
農業従事者1,221名と非従事者1,130名を対象にした前向きコホート研究では、腰への負担が大きいほど腰痛発症率が低下。
腰痛の原因は「摩耗・損傷モデル」では説明不可能。腰の健康を保ちたいなら肉体労働を恐れてはならない。
20年ほど前農家にアルバイトに行ったことがあるのですが、一番働いている若大将が思い切り腰痛になってました。
ヘラクレスのような身体をしていたのだが…
今考えると、繁忙期にあまりにも睡眠時間を削ってお仕事をされていたからだろうか…。
ご覧のように、いままでの常識は通用しないことが分かります。
レッテルを貼らない
職場で発症した腰痛にはっきりとした職業的原因はほとんどない。
明らかな因果関係がないまま労災補償を要する損傷というレッテルを張るのは問題である。
鬱病もそうですが、腰痛も医療的なレッテルを貼るとそれに固執してしまうので、損傷とか異常というレッテルを貼ってもらわないようにしましょう。画像診断もそうですが、一回レッテルを貼っちゃうと剥がすのが大変です。
他の事でもそう。他人に良いレッテルを張ってもらってその気になって張り切るのはアリですが、ネガティブなレッテルは無視しましょう。自分でレッテルを張ってください。お医者様に何か言われてもジブンはジブンという姿勢が大切。。
腰はとっても丈夫な構造なんです
腰痛のリスクファクター(生体力学的因子)が同定されているとはいえ、これらの危険性はわずかである。すなわち仕事による身体的負荷によって腰が耐えられなくなることは滅多にない。
腰が壊れる時は腰の横突起という骨が骨折するときくらいではないですか?打撲とかは別ですが…なかなか腰は壊せないですよ。ですから腰痛予防を考える場合、腰が耐えられないからどうということはイメージしないほうが良いのです。
腰の損傷と呼ぶのは止めましょう
職場「損傷」という概念は時代錯誤である。職務と大部分の腰痛との間には明らかな因果関係が認められないことから腰痛などの愁訴を職場「損傷」と呼ぶのはやめるべきである。
腰は壊れていませんから… 腰は壊れていませんから ということを臨床上何回も何回もお伝えするんです。? ?
大切なことは何回でもお伝えしているのですが、腰痛予防を考える場合、腰痛は腰が損傷する事はないということを憶えておきましょう。
人工工学的なこと以外で考える
労災補償申請をする腰痛患者は、人間工学的原因よりもむしろ他の職場環境の面から説明できる可能性が高い。したがって、職場内における人間工学的以外の原因を探すべきである。
腰痛予防を考える場合、パワハラやらブラックな勤務、人間関係などの社会的なストレスに目を向けておくことがとても大切です。かなり大変な職場でお仕事をされている方も少なくないです。生物心理社会的要因といいます。
腹筋運動は腰痛予防にならない
健常者402名を
①腹筋強化運動+教育プログラム群
②教育プログラム群の2群に割り付けて2年間追跡した比較研究両群間の腰痛発症率には差が認められなかったことから、腹筋強化運動は腰痛予防をできないことが判明。
(Helewa A, Goldsmith CH et al,1999 Aug;26)
これは意外な結果かもしれませんが、エビデンスとしてはこのようです。
専門書ではリハビリテーションとして腹横筋や腹斜筋の強化運動は有用であるとしてあります。
基本的には運動のみが予防になる
2009年で明らかになっているのは「運動療法」のみが腰痛予防になるという研究結果
腰痛の予防法に関する20件のランダム化比較試験を分析した
【結果】腰痛ベルト・靴の中敷き・人間工学的介入・重量物挙上軽減教育に効果はなく運動療法のみが腰痛とそれによる欠勤を予防できるという強力かつ一貫性のある証拠を発見した。
(Spine J. 2009 Feb)
※腹筋運動は運動療法にならないのか?という疑問は残りますが、おそらく腹直筋の筋トレのデータであるのでしょう。臨床上は腹横筋、腹斜筋の活性化が必要です。
これらの研究が出てきたのが10年ほど前ですから2023年現在でも、まだまだ日本社会に医療として実装されるのは先の話になりそうです。
各種有名な運動の1級のエビデンス
腰痛予防に関する体系的レビューの結果
柔軟体操、ウイリアム体操、マッケンジー法などの運動療法には筋力・持久力・柔軟性向上以上の利点があり、動作や活動に対する自信、損傷に対する恐怖心、疼痛の捉え方を変化させる可能性あり。
実に見事な考察です。運動を認知行動療法のひとつと考えればすべて辻褄が合います。効果的に運動をしていくことで「あれ動いても平気なんだ」という認識を再構築していきます。
禁煙、コルセット、減量も腰痛予防にはならない!!
1966年~1993年の間に発表された腰痛予防に関する64件のランダム化比較試験(RCT)を分析した体系的レビューによると、運動に予防効果はあるものの、正しい物の持ち上げ方の教育・コルセット・禁煙・減量は無効であることが判明。
(JAMA. 1994 Oct 26)
腰痛になってからは喫煙者の方が非喫煙者よりも治りが悪いことはエビデンスとしてありますが、予防に関しては煙草は関係ないようですね
職場での腰痛予防 超1級のエビデンスではコルセットは役に立たない
職場における腰痛の予防をテーマにしたランダム化比較試験(RCT)を分析した体系的レビューによると
職場での運動は腰痛の予防に効果的だったが、コルセット(サポートベルト)や生体力学に基づく教育的介入は腰痛を予防できないことが判明。
これも意外かもしれませんが、コルセットは役立たないとのこと。
非常によくある質問の一つですが、骨盤ベルト自体が腰痛予防にはならないということです。
だって骨盤ベルトしてる人っていつもしてるけど結局腰痛になってますよね?
ナースへのエビデンスレベル3 腰痛予防の研究
老人専門病院のナースを対象に運動プログラムの腰痛予防効果を調査したRCT(ランダム化比較試験)によると、13ヶ月後の腰痛による欠勤日数はトレーニング群で28日、対照群で155日だった。
運動には腰痛を予防する効果がある。
職場から見ても腰痛予防を行うことで、欠勤者が減ります。管理職レベルの方は率先して取り入れると良いでしょう。
正しい荷物の持ち方は無い 職場環境などの社会的な配慮が大切
荷役労働者の腰痛予防と治療に関する9件のRCT(20,101名)と9件のコホート研究(1,280名)を体系的レビューした
【結果】手作業運搬訓練やアドバイスが腰痛の予防や治療に有効だというエビデンスは存在しないことが判明。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21678349
この辺りは複数回腰痛を経験している方にはなかなか理解ができない話です。体系的レビューですから間違いないのでしょうが、患者さんからすると荷を持ち上げた時に「プチっ」となっている訳ですから無理もないかも
ストレス、不安、鬱、低学歴 要注意
腰痛の原因!オーストラリアでの2010年の研究
オーストラリアの疫学研究によると、腰痛発症率は30代が最も高く、全体の有病率は60~65歳まで増加するがその後徐々に減少する。
(Best Pract Res Clin Rheumatol. 2010 Dec;24)
腰痛発生の危険因子として低学歴・ストレス・不安・抑うつ・仕事への不満、職場の社会的支援が乏しいなどが明らかになった。
つまり腰痛予防は今までと全然違う考え方をしていく必要があるということです。
私自身も最初は信じられませんでしたが、エビデンスが示す現実は上記のようです。少しずつ体感的に理解できるようになるのでしょうか。
ストレスや社会構造に目を向ける
腰痛予防は目線を変える必要があります
人間工学的介入は半世紀以上にわたって続けられてきましたが、その有効性を裏付ける強力な証拠はいまだに示されていません。
職場における予防的介入は必要だとしても、その中心となるのは心理社会的問題や職場組織の非身体的側面にあると考えられています。
あのコクランレビュー2011年では腰痛ベルトや荷物の持ち上げ方指導は無意味 超超1級エビデンス
荷役作業従事者の腰痛予防をテーマにしたランダム化比較試験とコホート研究を分析した体系的レビューによると、重量物の持ち上げ方に関するアドバイスやサポートベルトに腰痛予防効果はなく腰痛による活動障害も欠勤も減少せずと結論
それでも皆さんサポートベルトは大好きです。気分的に楽なんでしょうね。昔からサラシもありますしね。気合が入るのかなあ…
コクランレビュー2011年 腰痛ベルトや荷物の持ち上げ方指導は無意味
荷役作業従事者の腰痛予防をテーマにしたランダム化比較試験とコホート研究を分析した体系的レビューによると
重量物の持ち上げ方に関するアドバイスやサポートベルトに腰痛予防効果はなく、腰痛による活動障害も欠勤も減少せずと結論
(Cochrane Database Syst Rev. 2011)
決定的なレビューです。それでも皆さんサポートベルトは大好きです。気分的に楽なんでしょうね。昔からサラシもありますしね。気合が入るのかなあ…
仕事への不満と経済的問題か??
ボーイング社の航空機関連従業員3020名を対象に、職業性腰痛の予測因子を4年間にわたって追跡調査した結果
仕事に対する不満と経済的問題(生活困窮)が腰痛発症による労災補償請求と関連。非物理的因子が関与している可能性。
これが原因だとすると、いま腰痛患者が日本に多いのも納得です。所得向上やサービス残業をしないという社会の実現が腰痛発症率低下に直結する可能性はあります。ですから腰痛問題は社会問題です。
格差社会は腰痛予防ができにくくなるということです。一人ひとりが真面目に取り組む価値のある問題です。
腰痛の殆どは自発的に発生する
腰痛の66.7%は発症の原因を特定できないとの報告をカナダ背中研究所がだしている。原因を特定しする必要があるグループ(報告、請求等で)とそうでないグループで比較研究。
意外かもしれませんが、気が付いたら腰の痛みが強くなっていていてというケースも少なくはありません。
腰痛のきっかけとなった出来事に関するアンケートの結果、経済的利益が得られる患者の90%がきっかけありと答えたのに対し、利益が得られない患者は33%しかきっかけありと答えなかった。
腰痛の67%が自然発症することが判明。
実際には寝てて起きたら腰痛になっていたということが良くあります。頭の中は何かのきっかけを見つけないとと考えてしまうのでしょうね。しかし腰痛というものは「きっかけ無し」というケースのほうが実は多いということは憶えておいても損はないでしょう。
ストレスが筋膜に痛み物質を出すらしい
腰痛の発症の背景に人間関係などのストレスがあることが多いです。2017年頃のドイツの研究ではストレスがある時に痛み物質が自律神経を介して放出されるようですよ。