カイロプラクティックのアイデンティティともいえる用語に「サブラクセーション=subluxation」があります。このサブラクセーションは日本語にすると亜脱臼と訳されます。
現在では非科学的であると医学会から標的にされていますが、1970年代の医学文献には腰痛、下肢痛の原因であると表記されている用語です。
またカイロ業界内でも当初から議論がずっと続いている用語でもあります。理由は難解でわかりづらいからです。
とはいえ、カイロプラクティックの臨床の中心にあるのがサブラクセーションです。なぜならカイロプラクティックという職業の基礎とは、徒手療法で治療される第一病変、すなわちサブラクセーションを取り除くことだとされているからです。
この点はカイロプラクティックが誕生した経緯とも関係しています。
カイロプラクターは症状を治療するのではなく、サブラクセーションを取り除くのをコンセプトとしています。
このページでは
- 現状のサブラクセーションの定義(狭義で難解)
- オーストラリア・脊椎財団を中心に協議中のサブラクセーションの定義が再考(広義)
を解説していきます。
サブラクセーションは
狭い意味では「背骨の分節間における、解剖学的、生体力学的 神経生理学的の変調」
広い意味では「環境適応障害」
のことをカイロプラクティックでは言います。
カイロプラクティックに関わりがある方以外は馴染みの無い単語ばかりですから、順を追って丁寧に解説していきます。
このページを読むことで、上記の広義、狭義においてのカイロプラクティックサブラクセーションを理解して頂けると思います。諦めないで読み通していただけると嬉しいです。
このサブラクセーションという言葉は文献に残っており確認されているのは1746年にHieronymiという内科医が使用しており「脊椎のわずかな不整列と可動性の減少」をそう呼んでいる。(Lomax,1975)
また1820年にはイギリス人医師エドワード・ハリソンが「サブラクセーションによって脊髄が圧迫され、その結果その部位の器官に通じている神経が障害を受ける」と記している(Lomax,1975)
カイロプラクティック・サブラクセーションの定義(狭義)
先ずサブラクセーションの定義ですが、世界保健機関が定めた「カイロプラクティックの基礎教育と安全性に関するWHOガイドライン」の中に出てくる定義をご紹介します。
こちらは狭義においてのサブラクセーションの意味になります。
「関節面間の接触は保たれているが、アライメント、動きの統一性、および(あるいは)生理学的機能が変化している、関節あるいは運動分節の障害もしくは機能不全。これは本質として機能的なものであり、生体力学的および神経学的な統合に影響しうる。」
公益社団法人 日本WHO協会 日本語で読めるWHO報告書 カイロプラクティックの基礎教育と安全性に関する WHOガイドライン(日本カイロプラクターズ協会 )
ちょっと、いや かなり解かりづらいです。私も学生の頃「?」がいくつも並んだのを覚えています。丁寧に解説しますね。
先ず肝になる部分は、太文字にした関節あるいは運動分節の障害もしくは機能不全 です。
原文ですと以下のようになります。
【参考サイト】https://apps.who.int/iris/handle/10665/43352
A lesion or dysfunction in a joint or motion segment in which alignment, movement
integrity and/or physiological function are altered, although contact between joint
surfaces remains intact. It is essentially a functional entity, which may influence
biomechanical and neural integrity.
では一体どんな状態の 関節機能不全 を言っているのか? 最初の文言からみていきましょう。
解説はじめます
「関節面間の接触は保たれているが、アライメント、動きの統一性、および(あるいは)生理学的機能が変化している」
「関節面間の接触は保たれているが」

写真は背骨の関節を横から見たところですが、この関節は上下の2つの骨の関節突起と呼ばれる部分で出来ています。この接触が保たれているということです。(これと違い、接触が保たれていない状態は脱臼=luxation)
写真で〇で囲んである所が、関節面が接触している部分です。この関節面は接触しているということです。定義では背骨の関節に限ってはいません。肩だったり、膝の関節でも当てはまります。
つまり関節が外れていないのだけど、
アライメント、 動きの統一性が 変化している

アライメントとは:alignment=背骨1個1個を並べて構造上の列になっているもの。図の黄色いラインをつなげた線のことです。
いわゆる背骨をいくつかつなげて見た時の見た目、全体のラインが 変化している、通常ではない ということです。
日本では画像診断は行われないのが通常ですが、カイロプラクターは触診能力に長けていますので、アラインメントのどの部分に変化が起きているのかは直ぐに見当がつきます。

動きの統一性は、例えば図のように(頭頚部を後ろから見たところ)頭を左に倒した時に頚椎の棘突起は連続して矢印のように動きます。
サブラクセーションがあると、この連続した動きに変化がおこります。
その連動性がさまたげられていたり、背骨の動きがちぐはぐになっている状態を言っています。
図では頚椎ですが、胸椎でも腰椎でもおきえますし、肩関節、股関節、足首の関節など、どこでも起きます。足首で有名なのはランナーの方なら聞いたことある「プロネーション」も動きの統一性 の一つです。
カイロプラクティック・テクニック総覧 Thomas F.Bergmann,David H.Peterson,Dana J.Lawrence 監訳 竹谷内宏明・仲野弥和 P218より抜粋
および(あるいは)生理学的機能が変化している
および は同格で 主に名詞相互をつなぎ、それらの指すものに一括して言及する意を表しますから
「ならびに。かつ。…も…もみな。」と同じ意味になります。
ですから、およびを選択した場合、
背骨の何らかの変化 かつ からだの働きの変化もある となります。
あるいは(或いは)は →同種の事柄のうちどれか一つを指す ので
或いはを選択した場合、
背骨のラインや動きの統一性 は保たれているが、からだの働きが変化している となります。例えば背骨の全体的な柔軟性、可動域が低下傾向の時に睡眠の質が落ちたりするなど。
生理学は生体またはその器官、細胞などの機能を研究する学問。
広辞苑
生理学は範囲が広いです。からだの働きすべてを研究するものです。
からだの働きの変化は大きいものから小さいものまで様々です。大きなものでは眠れないとか、内臓の働きが良くない、痛みもそうですし、感覚異常や、力が入りづらい、小さなものですと目の瞳孔反射のスピードが遅い、筋肉反射の低下など、生理学で説明できることすべての変化です。
関節 あるいは 運動分節の障害 もしくは 機能不全。
肝の部分です。言葉の意味を明確にしてから、4つの文章をつくります。
関節は大丈夫ですね。

黄色の線に囲われた部分を、背骨の運動分節と言います。この場合は腰椎3番.4番で構成されています。骨と椎間板と、模型にはない靭帯や、関節包、場合によっては多裂筋、脊髄硬膜、交感神経神経節などをも含みます。
運動分節は運動の機能単位です。(脊椎モーション・セグメント:2つの隣接した椎体と、それをつなぐ結合組織からなる機能単位)
- あるいは(或いは):同種の事柄のうちどれか一つを指す
- もしくは:または。あるいは。もしは。どちらか一つを選択する場合を表します
- 障害:①さわり、さまたげ。じゃま。②身体器官になんらかのさわりがあって、機能をはたさないこと。
- 機能不全:はたらきに欠ける所、弱い所などがあること。不完全なこと
- 障害:さわり、さまたげ、何らかのさわりがあって機能を果たさないこと
以上のことから、以下の4パターンが肝の部分の解説です。
- 関節に何らかのさわり、さまたげがあって機能を果たさないこと
- 運動分節に何らかのさわりがあって機能を果たさないこと
- 関節のはたらきに欠ける所、弱い所などがあること
- 運動分節のはたらきに欠ける所、弱い所などがあること
何で関節だけでなく、もしくは運動分節と分けて書いているかというと、ひとつは運動分節だけだと背骨だけになってしまうから。
また症状や生理学的変化をおこしうる背骨の構造は当然関節だけでなく、周囲の構造も含むからです。背骨の中にも血管がありますし細かい神経の走行もあります。
これは本質として 機能的なものであり
本質はあるものを成り立たせているそのものの独自の性質。サブラクセーションはそのものとして成り立たせているものが 「役割、はたらき」 であると言っているわけです。
機能的の対義語は形態上(形、ありさま=解剖学上)になります。
機能は、はたらき、相互に関連しあって全体を構成している各要素や部分がゆうする固有な役割。また、その役割を果たすこと。
だからサブラクセーションを主語にした場合、サブラクセーションの働きは運動分節の動き、自律神経症状を出すこと、痛み、不快感を出します、などと言えるわけです。
ですから解剖学的に「ズレてる」ということではないのです。
生体力学的 および 神経学的な統合に影響しうる。
生体力学的:人間や動物のからだは常に力学的環境下におかれており,その運動は体内の運動を含むすべてが力学の法則に従ってなされる。生体力学とは,このような生体の運動と運動に関係する生体の構造を,主として力学的な視点に立って研究する学問領域
および:は同格で 主に名詞相互をつなぎ、それらの指すものに一括して言及する意を表す。
「ならびに。かつ。…も…もみな。」と同じ意味
神経学的な統合とありますが、原文ではneural integrity となっているので、神経系の完全な状態に影響しうる、つまり絶対に影響するわけではないが… というほうがいいかもしれません。
神経学:neurologyで:神経および神経系の科学、特にそれらに影響を与える疾患の科学 です。
- 丁寧に解説
-
「サブラクセーションと呼ばれる障害」は形態上(解剖学上)のものでなく、性質は役割り的なもので、人間が動く時の正常な関節運動に影響するし、神経系の完全な状態に影響するかもしれない、影響する可能性がある
と言っているわけです。
ふー。
この非常に解りづらい、場合によって条件が変わってくる(および、または、あるいはを使うので=後述します) 関節あるいは運動分節の障害 に 特に注目しているのがカイロプラクティックです。
これを踏まえてもう一度、定義を記します。
サブラクセーションにとは「関節面間の接触は保たれているが、アライメント、動きの統一性、および(あるいは)生理学的機能が変化している、関節あるいは運動分節の障害もしくは機能不全。これは本質として機能的なものであり、生体力学的および神経学的な統合に影響しうる。」
公益社団法人 日本WHO協会 日本語で読めるWHO報告書 カイロプラクティックの基礎教育と安全性に関する WHOガイドライン(日本カイロプラクターズ協会 )
お疲れさまです。
このサブラクセーションという概念を無くせばいいという考えも歴史上ありましたが、そうするとカイロプラクティックという職業はなくても良くなります。だってオステオパスや理学療法士の先生方も、脊椎マニピュレーションをおこないます。
カイロプラクティックという職業を維持していく上でsublxationが重要なことが以下の論文からも伺えます。
脊椎亜脱臼に焦点を当ててカイロプラクティックの専門職を特定することは、他の医療専門職によって複製されない専門職の独自性を与え、したがって、医療専門職としてのカイロプラクティックの存在を正当化する可能性があります。
椎骨の亜脱臼に焦点を当てているアイデンティティは、カイロプラクティック専門職の創設の当初の意図とも一致します。
Analysis and Adjustment of Vertebral Subluxation as a Separate and Distinct Identity for the Chiropractic Profession: A Commentary,JohnHartDC, MHSc
しかしこのサブラクセーションという概念がどれだけカイロプラクターを苦しめ、嘲笑の的にされてきたことか…
さて次に「昔は整形外科医がサブラクセーションが腰痛の原因と言っていた」「サブラクセーションの定義が変わる!?」と続けてお送りします。
さて難解なサブラクセーション解説のあとは、すっきりいきましょう!
X線出現まで医学もサブラクセーションが腰痛の原因と言っていた
メリデル・ガッターマン原著 「サブラクセーション」に興味深い一説があります。
医学の世界でも X 線写真の出現以前はカイロプラクターの言うマニピュレーション反応性病変にサブラクセーションと言う用語が出ていたし、現在でも使っている(少なくとも1977年までは)。
次はその例である
仙腸関節サブラクセーションとは靭帯の過度の伸長によって腸骨が仙骨上で滑る状態を指す。
両関節表面の隆起は互いに噛み合わなくなり、靭帯の緊張、強度の反射性けいれん及び持続的な激痛が効果的な整復が施されるまで続く。
変位はごくわずかなので X 線上では確認し難い…サブラクセーションによる疼痛は、マニュピレーションによって劇的かつ一瞬のうちに改善することが多い
Orthopaedic principles and their application, 3rd Edn Lippincott SL Turek – 1977 – Philadelphia
アメリカでは、いまX線撮影で確認できないと、サブラクセーションとしてはいけないという括りになっているみたいですけど…
再定義された、サブラクセーション(広義)
私個人の考えでは、カイロプラクティックサブラクセーションはカイロプラクティックの独自性を守るためのアイデンティティであるが故に大切にしたほうが良い言葉です。しかし医療の一部として科学的な検証が困難である現行の定義より、判りやすい定義にしたほうが得策だと思います。
ですからオーストラリア脊椎研究財団の考えた新定義に賛同をします。

テスト可能な因果モデル(ASRF)
ASRFはこのモデルだと、「存在状態が低下した状態、健康で無い状態、衰弱した状態」から以下の順序で回復、適応、健康になることが因果関係で示せると言っています。
この提案がでてきた経緯
事の成り行きは、サブラクセーションは各国、各州の政策や法律で文書化されており、それをを支える強力な科学的証拠があると考えられてはいる。この点では今後の研究の優先度が高いと考えられているものの、カイロプラクティックの専門家の間では次のことが言われています。
哲学的に整合性があり、実際に使用可能で、研究で検証可能なモデルである椎体脱臼(サブラクセーション)を適切に定義する必要性が明らかである。(以下のPDFを参照)
https://spinalresearch.com.au/wp-content/uploads/2017/06/The-Vertebral-Subluxation.pdf
事実と理論が合っていないとしたら、捨てるのは理論の方。
アガサ・クリスティー
オーストラリア脊椎研究財団はカイロプラクティックの中心となる以下の原則を認識
オーストラリア脊椎研究財団(Australian Spinal Research Foundation, ASRF)は概念的定義(Conceptual Definition)” を正式に2022年に採択しました。しかし臨床で使う実務定義はできていないようです。しかし多くのカイロプラクターの方向性にはなると思います。
- 人の神経系は、環境要求の知覚、処理、調節、適応の中心であること。
- 椎骨亜脱臼が生命の表現を妨げ、その人の最適な状態でいる能力に影響を与える可能性があること。
- 人の状態を改善するためには、その人の状態の低下の原因としての椎骨亜脱臼に対処することが重要であり、その影響/症状だけを調査するのではなく、その人の状態の低下の原因としての椎骨亜脱臼に対処することが重要であるということ
2017年2月、財団の理事会は、”亜脱臼の明確な理解 “というビジョンに一歩近づくために、今後5年間の戦略計画を発表。財団の研究課題の最初の部分は、研究で使用可能であり、実践に翻訳可能な椎骨亜脱臼の概念的な定義を開発すること。
男性ここにテこの文言を読むと、2022年中には新しい椎骨サブラクセーションの概念的定義が発表されることになります。
専門家に相談する中で、財団は、椎体亜脱臼の過去の定義は、次のいずれかのために適していないと助言された
a)椎体亜脱臼の検証可能なモデルを許可していない、および/または/あるいは/もしくは
b)それらが反映されている科学はもはや現在ではない、および/または/あるいは/もしくは
c)それらは実践に翻訳可能ではない。



この部分はこのページでさんざん解説して皆さんもお感じになったところです。皆さんが一読されて何とも難解であったように、科学的に実験するのに適していないということです。
椎体亜脱臼の概念的な定義を最善のものにするために、当財団は、定義の要件として以下を考慮すべきであると助言された。
- カイロプラクティックの哲学的な考え方と一致しており、適切な言語を利用していること
- 現在の証拠、言語、概念を用いた科学的に検証可能なモデルに還元することができること
- 実践に関連しているか、翻訳可能か、また実践に影響を与えているか
- 椎骨亜脱臼が身体の機能レベルの変化と、その人全体の状態に与える影響を取り入れること
重要なのは「人の全体的な状態」「コヒアランス(首尾一貫感覚)」
1. 人の全体的な状態
2. エネルギーシステムの表現と効率 – またはコヒーレンス。
コヒアランスは心理学でも使うと思います。心理学では首尾一貫性は抗鬱・抗不安に必要な要素だと言われています。
[sense of coherence]【心】ストレス要因をポジティブ(肯定的)に解釈して適応・対処するパーソナリティー(人格)特性のこと.首尾一貫感覚ともいう.
imidasより
”state of being 存在感の低下した状態’’
オーストラリア脊椎研究財団は、現在このように再定義している。
“A vertebral subluxation is a diminished state of being, comprising of a state of reduced coherence, altered biomechanical function, altered neurological function and altered adaptability.”
“椎骨亜脱臼(サブラクセーション)とは、コヒアレンスの低下、生体力学的機能の変化、神経学的機能の変化、適応性の変化からなる、存在感の低下した状態のことである。”
“脊椎の亜脱臼とは、一貫性の低下、生体力学的機能の異常、神経機能の異常、および適応能力の異常を伴う、健康状態の低下を指す。”
“椎骨亜脱臼は、統合性の低下、生体力学的機能の変化、神経学的機能の変化、および適応性の変化を含む、衰弱した状態である。”
椎骨サブラクセーションとは:存在感の低下した状態:コヒアレンス低下、生体力学的変化、神経学的変化、適応性の変化から構成される)



ASRFによるサブラクセーションの新定義(2022)
サブラクセーションとは、単なる“骨のズレ”ではなく、 身体全体の統合性(コヒアレンス)が低下した状態を指す概念である。
● 4つの構成要素
① コヒアレンスの低下 身体システムの協調が乱れる
② 生体力学的変化 関節運動・姿勢・負荷の変化
③ 神経学的変化 感覚入力・運動出力・自律神経の変化
④ 適応性の変化 ストレス耐性・回復力の低下
これらが相互に影響し合い、 “存在状態の低下(diminished state-of-being)” を生む。


世界9カ国・59名の研究者を巻き込んだ国際協議を完了
- 2016〜2017年に国際的な専門家を集めて協議
- メルボルンとサンフランシスコでラウンドテーブル開催
- その結果、旧来の定義が
- 科学的に検証できない
- 現代科学と整合しない
- 臨床に翻訳できない と判断された
新しいモデルは「研究で扱える形にする」という財団の目的に合致する。これとっても大きなポイントになります。従来モデルでは研究で扱えないことが多かったわけです。カイロプラクティックの社会的地位を上げるためにも研究は重要な課題です。
財団は2022年までに、国際協議を経て“存在感の低下した状態(diminished state-of-being)”を中心とする新しい概念的定義を正式に採択しました。ただし、これはあくまで「概念定義」であり、臨床で使用するための「運用定義」は今後の研究課題として残されています。
つまり、再定義の第一段階は成功したものの、完全な実務レベルの定義にはまだ到達していない、というのが現状です。
ASRFによるサブラクセーション再定義は、哲学的にも臨床的にも非常に意義深い試みですが、世界的にはまだ主流団体(WFCやWHO)で正式に採択されていません。
オーストラリア国内では研究財団や一部教育機関が支持しているものの、国際的には「哲学的枠組みとして興味深いが、科学的検証が必要」とする慎重な姿勢が続いています。
カイロプラクターの臨床へのヒント
この概念を整理していて、一介のカイロプラクターとして
「サブラクセーションは構造物ではない」
PDF では繰り返しこう述べられている:
“A vertebral subluxation is not a structural entity.” (サブラクセーションは構造物ではない)
つまり、 骨の位置異常ではない という立場を明確にした。
「サブラクセーションは“状態(state)”である」
ASRF が採択した定義の中心はこれ:
“A diminished state of being…” (存在状態の低下)
これは 身体全体の統合性・適応性・神経機能の変化 を指す。
つまり、 部位名をつけるのは概念的に矛盾する。
「部位名をつけると“ズレ”を連想させ、誤解を助長する」
PDF では、旧来の定義が抱える問題として:
- “ズレ” を連想させる
- 構造的異常と誤解される
- 医療モデルと衝突する
- 科学的検証が困難になる
と明記されている。
現行の定義や運用のように、例えば第一頚椎のサブラクセーションという表記は、誤解を生むため避けるべき という方向性が示されている。これ大きなポイントになります。
「局所の関節機能障害(joint dysfunction)とサブラクセーションは別物」
ASRF は、 関節の機能障害(biomechanical lesion) と サブラクセーション(state-of-being) を明確に区別している。
PDF ではこう書かれている:
“It is not synonymous with joint dysfunction.” (サブラクセーションは関節機能障害と同義ではない)
つまり:
- C1 の関節機能障害 → アジャストする対象
- サブラクセーション → 身体全体の状態
という二層構造になります。
では、ASRF はどう表記すべきだと考えているのか?
PDF では明確にこう示されている:
サブラクセーションは「状態(state)」
関節の問題は「biomechanical dysfunction」
アジャストメントは「神経・適応性・統合性に影響する介入」
つまり、 “C1 のサブラクセーションをアジャストする” という表現は、 新定義では不正確になる。
正しくは:
- C1 の関節機能障害をアジャストする
- アジャストメントが結果として “state-of-being” に影響する
という構造。
世界的にはどうか?
✔ WFC・WHO
- サブラクセーションを「局所の病変」として扱うことに否定的
- ASRF のような「状態モデル」にはまだ踏み込んでいない
- ただし、“ズレモデル” を否定する方向性は一致
✔ Evidence-based chiropractic
- サブラクセーションを「状態」として扱うのは理論的には理解できる
- ただし、臨床的運用定義がないため採用は慎重
✔ Philosophy-based chiropractic(哲学ベースカイロ)
- ASRF の再定義は歓迎
- ただし、部位名をつける旧来の表記は根強く残る
カルテにはどう書くべきか?
ASRFの新定義は、PDFに明記されているように():
- サブラクセーションは “状態(state-of-being)”
- 関節の問題は “biomechanical dysfunction”
- サブラクセーションは 構造物ではない
- サブラクセーションは 部位を持たない
だから、カルテに
- C1 subluxation
- L5 subluxation
と書くのは 新定義と矛盾する。
正しいカルテ表記(ASRF新定義に整合する)
カイロプラクターはそうなるとカルテの表記が気になります。答えは関節状態と全身状態を分けて書くと良いです。
局所の問題(アジャストの対象)
- C1 biomechanical dysfunction(第一頚椎の生体力学的機能不全)
- C1 joint restriction(第一頚椎の関節制限)
- C1 motion segment dysfunction(第一頚椎の運動区分の機能不全)
- C1–C2 altered movement integrity(第一、第二頚椎間運動の完全性の変化)
全身状態(サブラクセーション概念)
- Evidence of reduced coherence(一貫性の低下を示す証拠)
- Altered adaptability(適応性の変化)
- Altered neurological function(神経機能の変化)
- Diminished state-of-being indicators(状態指標の低下、「存在状態の低下」を示す指標)
つまり:
“サブラクセーションはカルテの診断名ではなく、患者の状態像(state)として扱う”
これが ASRF の立場。ASRFの新定義では、サブラクセーションは「身体全体の状態(state)」として扱われ、特定の椎骨に付随する構造物ではありません。そのため、カルテに「C1のサブラクセーション」と記載するのは概念的に誤りになります。
臨床では「C1の関節機能障害(biomechanical dysfunction)」と記載し、サブラクセーションは「全身の統合性の低下(reduced coherence / altered adaptability)」
として評価するのが新定義に整合します。
一方で “椎骨サブラクセーション(vertebral subluxation)” という語は、職業アイデンティティと歴史的・法的文脈を維持するために残されています。
技術的なことは、理学療法士やオステオパスと同じような事を行うが、行う目的が違うという解釈になります。
スパイナルマニピュレーション
- 関節の可動性改善
- 痛みの軽減
- 局所の機能改善
カイロプラクティックアジャストメント
- 上記に加えて
- 神経系の統合性(coherence)
- 適応性(adaptability)
- 存在状態(state-of-being) への影響を意図する
つまり:技術は同じでも、意図と評価軸が違う。
ASRF 新定義では、 “サブラクセーションは存在状態の低下があるときだけ成立する”。 だから、症状があっても存在状態が良好なら「サブラクセーションはない」。 しかし、メンテナンスケアはサブラクセーションの有無とは別に成立する。**
つまり:
- 症状 ≠ サブラクセーション
- サブラクセーション ≠ アジャストメントの必要性
- メンテナンスケア ≠ サブラクセーションの治療
という整理になる。
症状があっても
- 適応性が高い
- コヒアレンスが保たれている
- 神経系の反応性が良い
なら サブラクセーションは成立しない。
逆に:
✔ 症状がなくても
- 適応性が低い
- コヒアレンスが乱れている
- 神経系の反応性が鈍い
なら サブラクセーションは成立する。
メンテナンスケアは
サブラクセーションの有無とは別に成立する。
理由は ASRF が示した因果モデル:Adjustment → Subluxation → Function → State-of-being
のモデルでは、
- アジャストメントは 機能(function) に影響し
- 機能は 存在状態(state) に影響する
つまり:
🟩 **アジャストメントは “state-of-being を改善するための介入” であり、
サブラクセーションの治療だけが目的ではない。**
だから:
- サブラクセーションがなくても
- ウェルビーイング向上のためにアジャストメントを行う
これは ASRF のモデルと完全に整合する。
では、サブラクセーションがない患者にアジャストする意味は?
ASRF の立場ではこうなる:
✔ アジャストメントは
- 神経系の反応性
- 適応性
- 生体力学的効率
- コヒアレンス
を改善する 入力(input)。
つまり:
🟩 **サブラクセーションがあるからアジャストするのではなく、
アジャストメントが state-of-being を高めるから行う。**
これは我々がが臨床で感じている
「メンテナンスで来る人は、症状がなくても良くなる」
という現象と完全に一致する。
「ではメンテナンスケアの患者はどう扱う?」
→ サブラクセーションの有無とは別に、 アジャストメントは state-of-being を高める介入として成立する。
「サブラクセーションは存在しないことにならない?」
→ 存在状態が低下していない人には存在しない。 しかしアジャストメントの価値はそれとは別に存在する。


現時点では、アジャストメントによって「適応性や健康・活力が向上する」と直接証明した高品質エビデンスは存在しません。ただし、神経可塑性や免疫応答の変化を示す研究が増えており、身体の統合性(coherence)や適応性(adaptability)を高める可能性が示唆されています。これはASRFの“state-of-being”モデルと整合する方向性です。
| 年 | 研究テーマ | 主な結果 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 2025(PLOS One) | 12週間の脊椎アジャストメントが生理的バイオマーカーに与える影響 | BDNF(脳由来神経栄養因子)と IL-6 が有意に上昇。神経可塑性と免疫調整の可能性を示唆。 | New Study Unveils Relationship Between Chiropractic Care and Immune Response | International Chiropractors Association |
| 2024(Brain Sciences, Haavikら) | アジャストメント後の脳波・睡眠・気分・生活の質 | α波・θ波の増加、睡眠と気分の改善。神経系の統合性(coherence)向上を示唆。 | Neuroplastic Responses to Chiropractic Care: Broad Impacts on Pain, Mood, Sleep, and Quality of Life |
| 2023(Journal of Chiropractic Medicine, ICA) | 上部頸椎アジャスト後の免疫応答(SIgA) | 施術30分後にSIgAが一時的に上昇。免疫系活性化の可能性。 | New Study Unveils Relationship Between Chiropractic Care and Immune Response | International Chiropractors Association |
私の臨床経験では、運動や食事の指導、方向性を示すことでウェルネスケアは可能だと感じています。今後脊椎アジャストメント自体が生物学的変化を起こすことが証明されれば強力な追い風になる可能性があります。
カイロのアイデンティティは「視点」に置くべき
- 神経系の統合性
- 適応性
- 生体力学と神経の相互作用
- 身体全体の状態(state-of-being)
- 生活習慣と身体機能の統合的理解
この“視点”は、他職種にはない。
多くのカイロプラクターがすでに実践している 「運動・栄養 × 神経・適応性の視点」 こそ、現代的なカイロの最適解となりASRFの再定義は 制限ではなく概念的な追い風となります。


