背中の痛みを起こすときに考慮する必要があるのが「社会的なストレス」がどのようなものか?という部分です。のんびりとカイロプラクティック臨床を行っていると、その背景の一旦に触れることもありますが皆さんの理解が深まると、痛みの臨床現場でもっとストレスの話が日常的になるのかもしれません。
冒頭のYouTubeの動画はWHO世界保健機関のヨーロッパ連合が出した社会的健康因子の解説動画です。これらのことが腰背部痛に関わってきます。
- 社会格差
- ストレス
- 幼少期
- 社会的排除
- 労働
- 失業
- 社会的支援
- 薬物依存
- 食品
- 交通
腰痛管理の業界人なら腰痛が「生物心理社会要因」によって引き起こされることは、各業界から通達がでています。カイロプラクティック業界でもWFC世界カイロプラクティック連合が2025年に総会において勧告がだされました。
それではその社会的な痛みってどう理解したらよいのか?カイロプラクティック臨床を行っていく中で気づくことも含めてご説明します。
社会的な痛みって何?
背中や腰の痛みには社会問題が関与しています。みんな身体が壊れたと思っているのですが、痛みというのは多くの場合何かのサインです。
また有色人種は心理的ストレスを身体の痛みでストレスを表現する傾向が強いと言われます。
あまり知られていないかもしれませんが、腰痛、背中の痛み、首痛など背骨周囲の痛みの発症、またその後の慢性化については社会的な影響、例えば会社での人事とか給与格差 などなど 思い当たることがある方も多いのではないでしょうか?
何度もぎっくり腰を経験している患者さんの中には「腰痛ってストレスが関係していると思う」と言うかたも居ます。
背骨周囲の痛みは社会的な因子が何かしら関わっています。
皆さんはご自身が感じている痛みを個人の問題と考えがちですが、その痛みこそが社会問題そのものである、とも言えるのです。
身体は正直です。痛みや凝りが本当の意味で消えていく方向性の考え方、生き方、社会へと移行している時代なのかもしれません。
Z世代の感覚

臭い表現かもしれませんが、多くの痛みを抱えた患者さんを診ていると実感します。
社会的孤立や不利な立場、妙なプライドが人の繋がりを切ってしまっているケースも多いと思います。ただ時代的に地域社会が空洞化しているのも拍車をかけていると考えられます。
この分野も研究によってまちまちですが、慢性腰痛患者に社会的支援はあったほうが良いことは確かのようです。
非特異的慢性腰痛患者の社会的支援と臨床アウトカムとの間に小さな関連が見られました。社会的支援の種類、性別、ジェンダーに基づく臨床的関連性を確立するためにはさらなる研究が必要。
The Clinical Journal of Pain 40(10):p 607-617, October 2024. | DOI: 10.1097/AJP.0000000000001239BuySDC
当院でも手を差し伸べようとすると余計なお世話的な反応があるのは、小さな関連程度なのか、と少し安心する結果とも言えます。とはいえ困っている方も紛れていますから、ケア提供者側はそのような視点は忘れずにもっていなきゃなと思います。
葛藤と否定的な感情すべてが痛みと関与か?
2014年 さらに考察が深められる
新たな証拠は、社会的痛み(社会的拒絶、排除、または喪失に続く痛みを伴う感情)が、身体的痛みを処理する同じ神経領域のいくつかに依存していることを示しており、身体的社会的痛みの重複の可能性を強調。
しかし、肉体的苦痛と社会的苦痛は共有神経系に依存しているという仮説には異議が唱えられています。
このレビューは、身体的・社会的痛みの重複を支持する研究を要約することから始まり次に、このオーバーラップモデルに対する3つの批判が提示され、利用可能な研究を統合することによって対処されます。これらの批判には、次のような提案が含まれています。
(a)neural responses to social pain are indicative of conflict detection processes, rather than distress;社会的苦痛に対する神経反応は、苦痛ではなく、葛藤を感じた時の処理を示している。
(b)社会的な痛みに特化したものではなく、すべての否定的な感情プロセスがこれらの痛みに関連する神経領域を活性化する
(c)社会的(および身体的)な痛みに対する脳の反応は、「苦痛」そのものというよりも、「重要性(サリエンス)」を処理していることを反映している。※これらの知見は、社会的および身体的な痛みを理解する上で示唆に富むものであり、次のステップに進むための鍵となるものである。
Eisenberger NI. Social pain and the brain: controversies, questions, and where to go from here. Annu Rev Psychol. 2015 Jan 3;66:601-29. doi: 10.1146/annurev-psych-010213-115146. Epub 2014 Sep 22. PMID: 25251482.
※社会的な痛みや身体的な痛みに対して脳が反応するのは、それが「つらいから」ではなく、「生存や社会的つながりにとって重要だから」だということ。つまり、脳は“痛み”というより“意味”や“脅威の重大さ”を検出している、という見方だね。
上記の研究から考えられるのは、社会的な痛みに伴う否定的な感情が痛みと関連していて、社会的苦痛は「葛藤の処理」と関連している。あらゆる否定的な感情処理が痛みに関連しているようです。
これを知り個人で何ができるのか?
社会全体の変革が必要ですが、2026年にもなると更に格差社会は進行して、ストレス社会になっているのかもしれまん。これらのことを変えるより東洋的な思想で個人の感覚を変えていく方法もあります。
社会的な痛みに個人でできそうなことを考察してみます。
葛藤をどうする?
a)葛藤を感じないようにする。
葛藤とは人と人とが譲ることなく対立すること。争い。もつれ。
葛藤とは 心の中に相反する欲求が同時に起こり,そのどちらを選ぶか迷うこと
とすると、人との対立を避ける。めんどくさそうな事からは手を引く。
迷った時は、どれにするかを人や運にまかせる。
といった現代的には弱弱しい生き方になります。
ただ私達の人間社会は矛盾しているし、個々の人間自身も矛盾した生き物であると言えます。矛盾こそが人間。
とすると、ある程度の型みたいな考えが必要かもしれません。いちいち矛盾を感じた時に真面目に考察しているとタフな人間でないと病気になるように思えます。そのような意味で逆説的ではありますが、日本人は総合的にタフな民族なのかもしれません。
また中国では「寝そべり族」や「擺爛(ばいらん)」という静かなる拒否や、開き直り、あきらめの哲学を実践する若者が急増したのだとか。それも一つの方法です。
教義があるような宗教や、先人の教えは、故事成語などは役に立つでしょう。
否定的な感情をどうする?
b)物事を肯定的にとらえる訓練をする。
あらゆる否定的な感情を抱かないような訓練も体の痛みをコントロールするのに役立つのならば、常に前向きに考える習慣は、決して無駄ではありません。
経営の神様松下幸之助さんも、運を味方にするには「すべての出来事を運が良かったと翻訳すること」と言っています。これはアランが言うように「意志に属します」。
私も30代から斎藤ひとりさんの影響を受けて「運がいいなあ俺は」とつぶやくようにしています。最近わすれかけていたので、気を引き締めて。「仕事が暇だからこうやってblogがリライトできる、運がいい」。
社会的意味や脅威の重大さはどうする?
最後の提案(C)社会に期待しない、それを失っても死なない と腹をくくる。
何か社会的な状況があると「人生の危機」と感じるのですが、それは「生命の危機」ではありません。私も30代で人生の危機を生命の危機だと誤認して、迷惑系になったことがあります。だけどそれは思い描いていた人生とは少し違っただけ。
「捨てる神あれば拾う神あり」
といいます。
必ず見ててくれる人はいます。腐らず歩みましょう。
そして所詮人間も社会も矛盾した存在だと思い定めれば、期待しません。私の過去を顧みてもロクなものではありません。
だとすると、期待するほうが間違っている時代なのかもしれません。








