先日VIDEOnewsのコンテンツで【間違いだらけの水害対策】というものがあった。水文学の専門家で京都大学名誉教授の谷誠先生から考え方を教えてもらった。当然昨今ニュースで耳にする【水害】のお話だ。この放送から、心理的健康、社会的な健康を獲得していくためのヒントを得たので文章にしてみた。
相手は自然
番組は水害についてであったので、その話から書きます。
水害に関して谷誠先生は「自然を相手にしている以上、水害を完全に根絶することはできないという事実を受け止め、少しでも被害を減らすために何を選択するかを河川管理者だけでなく、流域の住民も含めて話し合うことが必要だ。」と説きます。
この話し合い、私自身も昭和世代、愛知県の田舎で育ったものですから、家庭に話し合いはほぼ無かったのですが、50代になり必要性、重要性を実感しています。
2025年に何度か「オープンダイアローグ」を当院で開催した際にも、話合いでしか見えてこない世界があり、実はそれが一番面白い集りなのだと実感しました。
カイロプラクティックの臨床をしていても、一方的にこちらの意見を良かれと思って通そうとしたり、患者さんが一方的に要求してくることは、とても心理的負担になるのを感じます。
誰かを悪者にしてしまう
谷誠先生によれば、水害に関して、この話し合いがないと、治水が失敗した時に【誰々が悪い】→裁判になる というのが昨今の流れだそうです。
しかしそもそも相手は自然なので、どれだけ計画しても災害は起こり得る前提にたつと【どこまで許容できうるか】という話をした方が良いことになる。
この「誰々が悪い」という発想って、私達の日常生活に良くある発想だと思うのです。都市生活は自然ではないが、その中で生活しているのは人間で、自然物であるから、いろいろな事に応用できるのではないかと思えたのです。
いろいろな起きうる事象に前もって【どこまで許容できうるか?】を話し合っておくと、無駄な裁判やら揉め事って減るのではないかと思ったのです。
限界点の共有
肝になるのは治水への提案で【限界点の共有】が江戸時代までは行われていたという部分です。これは治水に限らず物事を一定以上の集団で決める時に有効な考え方だ。
21世紀は、多種多様な価値観があるので、全ての人にとってベストな選択は集団ではほぼあり得ない。だけれども、人間が集まって生活している以上、江戸時代の智慧を使わない手はないと思うのです。
互いの限界点を話し合いで見つける
谷誠先生によれば、河川の上流と下流では当然下流のほうが多きな水害は起こりやすいが、それを防ぐには上流での治水が必要。その工事は上流の人々には直接関係の無い話だが、地域全体を考えると間接的に関係してくる。
現在だと下流域の河川が氾濫すれば「国が悪い」「事業者が悪い」という発想になってしまうが、相手は自然であるから、必ず氾濫は発生する。
そのための【どこまで許容できるか?】の話合いは、江戸時代までは上流域、下流域の人々が交わって行われていたようだ。
たとえば河川下流に住む方々が河川上流に住む方々へ工事をしてもらう御礼に農作物を融通して工事をさせてもらっていたり、別の形で御礼を続けたうえで、工事をしている記録があるのだとか。
これくらい融通してくれるなら納得まではいかなくても許容できる点がある。それを共有するのだ。
それを【限界点の共有】という。
谷先生は【水文学】の専門家だそうで、聞きなれない学問だが動画内では「1000年単位での治水の在り方や地域社会との関わりなど、多岐にわたる視野からの考察する学問」と説明されており、アメリカでは治水の専門は水文学が担っているそうです。
地域社会や臨床に活かせる対話と限界点の共有
あえてこのblogで紹介したのは、ここでも対話の重要性が出てきたからです。当院でもオープンダイアローグの可能性を模索したり、読書会を開催して対話の試みイベントを行っている。
カイロプラクティックの臨床上でも特に最近は、患者さんの意見を聞いています。変なお話ですが「来院目的」「期待すること」など何でも話てください、と問いかけます。
もともとエビデンスベースで何が提供できるかをオープンにしているので、「それは無理です」や「これくらいの経過で回復が見込めます」など率直に答えています。
またカイロプラクティックの臨床は、日本では保険が効かないため必要な来院回数が経済的に難しい患者さんもおられます。そのような方々も、問診で患者さんの求めるものや回復イメージ、ガイドラインが示す数字や私が必要だと考えてる来院回数頻度の違いがある時は、お互いの限界点を共有してから進めるようにしようと思いました。
健康について考えていると、地域社会の健全性や発展、安定性などが環境側の問題点で浮かび上がってきます。東京だと私自身もそうですが、地元意識が薄く、所属するコミュニティが少なかったりします。
探せばいくらでもあるかもしれませんが、内向的な患者さんであったり、苦手意識がある患者さんの対話の入り口になれれば、カイロプラクターとして嬉しく感じます。
私自身も、対話を通じてお互いの限界点を共有してみて、心理的ストレスを減らしていければと思います。











